ブルーレイ+DVDの是非

分水嶺〜の記事で取り上げたアイアンマン2、日本でも先日リリース。オリコンよれば、初週の売上がブルーレイ3.5万枚でDVD2.8万枚とのこと。数字で言えば米国の1/100なのが悲しいですが、日本でもブルーレイの方が売れたことになりました。ダブル首位だったらしく、そういう売れ線でこういう結果になったのは大きいかなと。さて、日本でのアイアンマン2のリリース形態はDVDのコレクターズ版とブルーレイ+DVDセット版の2種類でした。市場の成長があってこそのBD>DVDの売上ではあるのだけども、セット版の効果もあっての結果だったと思われる。ということでタイトルにあるブルーレイ+DVDについて触れてみよう。実はだいぶ前に書いて放置してたネタなので今更感もあって厳しいんだけど、今回ちょうどいい機会だったので突貫修正加えてエントリってみる。

  • どうしてこうなった、ブルーレイ+DVD

最近増えてきたブルーレイ+DVDのセット版によるリリース。抱き合わせ商法とか言われたりしますね。そして叩かれたりもして。確かにその通りで、今となってはレコーダーやテレビ、PS3などのブルーレイ対応機を導入した人は決して少なくないですよね。そんな彼等にとってみれば「今更どうしてDVDを?」という話。俺も。使わないんだから邪魔なだけだもん。じゃあ何でこんなもんが今になって出て来たの?という話。
簡単な話。新規格の普及というのは小さなことからコツコツと。とある規格や方式が「朝起きてみたら世の中それ一色になっていた」なんてことはないです。だから過渡期というものが存在して、今がその真っ只中。そんな頃合だと「ブルーレイ版を買いたいけど、今はDVDしか見られないんだよなー」と思う人達が出始めます。ブルーレイ規格がスタートした当初なら「BDなんて縁のない話だわ」、「ブルーレイって何それ食えるの?」と諦めがつくのだと思うけど、今の様に市場が成長&つれて敷居も下がってきていると、ブルーレイの存在が彼らにとっても無視出来ないものとなっています*1。また、「リビングのテレビではブルーレイで見れるんだけど、自分の部屋やアウトドア*2で見ることが出来ないんだよねー」といった声も出てきます。彼らは言わば「難民」で、ブルーレイの普及を進めたいハリウッドや家電業界にとって課題となる存在になっています。で、彼らに対して「両方買えばいいじゃんwww」なんてのは外道だし、現実的にも無理がありすぎ*3。「ブルーレイはとりあえず買っておいて今見るのはレンタルDVDってのは?」これはこれで上手いやりくりなんだろうけど面倒だよね。「じゃあDVDも一緒にして売ればいいんじゃないの?」となって、この抱き合わせ商法が登場するお膳立ての出来上がり。この辺はメーカーの中の人がインタビューで答えていたりもしています。

  • 大人の事情

「いや俺BDしか眼中にないからDVD要らないし」という人達がいる。そりゃそうだろう。そして彼らが次に言うセリフは「片方だけにして安くしてくれ!」だろうと思う。一見その通りかもしれないが、それはお門違いですよと言いたいのです。これまで述べてきたのはユーザーの要望に由来する話、なのでメーカーや小売からの都合や要望というのものも当然あります。今の映像ソフト市場は、ブルーレイ版を買うユーザー/DVD版を買うユーザーで分裂分散しているので、メーカーや小売はそれぞれに合わせた対応を行わないといけませんよね? それを怠ると、「売れ残って在庫or売り切れて機会損失」などの悪影響に繋がってしまいます。その供給バランスは作品のジャンルや内容、発売するタイミング、あらゆる要素で変化するものです。数多の作品をリリースするメーカー&販売している小売にとって、それぞれにガッチリ対応していくのは簡単なことではありません。大変な負担を要します。また先に述べた、過渡期においての難民=宙ぶらりんなユーザーの判断が、「ま、今はDVDでいっかー」であればメーカーや小売にとってマイナスにならないのだけれど、「今更DVDもなぁ、買わずにスルーしよっと」と買い控えに繋がってしまうのであれば大問題です。セットによるリリースはそんな彼らを救済する一手。メーカーにとっては売上となるのだから言わずもがな、小売にとっては発注・入荷する際の敷居が下がり*4、「製造コストは増えたけど、出荷も増えたので儲かった」なんてことが起こってきます。何より、ブルーレイ版にDVDディスクを付け加えるコストは100円程度と大したものではないので費用対効果も高い訳です。そんなこんなでセット販売は都合がいい*5。ブルーレイをリリース、または取り扱うことへの敷居を下げる効果というのは、回りまわればユーザーのメリットにもなっていることを認識しておきたいですね。
価格の面でも効果があります。ブルーレイソフトの価格は定価4980円というのが定番コースでしたが、ここにきて3980円という日本の映画ソフトの基準価格に設定することが可能になっています。エントリ冒頭で取り上げたアイアンマン2は4980円だったのだけども、シャーロックホームズやインセプションプレデターズ特攻野郎Aチームなどの最近の作品が3980円でリリースされる例が増えてきています。単価を下げる以上は収益に大きく響くのですが、ブルーレイ市場そのものが拡大している支えだけでなく、セット版による多面的アプローチで需要を呼び込めるからこその戦略価格と言えるでしょう。つまり「DVDいらないからBD単品にしろ!」と言う声にメーカーが応えてみたら、「1000円値上げの4980円になっていたでござる」というオチになんですよね。4980円のセット版であれば4980円のままです。コストという目先で考えれば付属DVDを無くした方が安くなるのは道理なんですけど、それは誤解になっちゃうんですよね。もしブルーレイ単品のみでも基準価格という状況にするには市場がもっと拡大=移行する必要がありますから、それまではセット版が妥当な現実解となって今後も多くのタイトルで採用されると思われます。これが普及期に入ったことによる「売り方の変化」なのかもしれません。
セット商法に対するアレルギーってのは以前から根強いものがあるんですよねー。その主因の一つはバンダイビジュアルアレだったと思われます。日本の劇場版アニメのDVD価格というのは7140円が基準だったんですが、バンダイビジュアルは何故かDVD版も同梱して3000円以上の値上げによる価格付けをしてファンから大きな不評を買ってしまいました。その頃(2007年)だと、ハリウッドは1000円高い4980円を次世代ディスク価格の基準としていましたし、日本のメーカーにしてもアニプレックスはFLAGのOVA版をDVDより1000円高い8190円で販売していました。バンダイビジュアル自体、単品版のFREEDOMはDVDより1000円高い5040円で売っていた訳で、まさに言い逃れの出来ないボッタクリ商法でした*6。それと比べてのハリウッドのセット商法は、DVD版が付くことで4980円だった価格が5480円になっているという事ではないですよね。先に述べたように4980円のままか、もしくはそれよりも安くなっているのが実態です。
余り知られていないことなんですが、これで失敗したのがHD DVDなんですよね。HD DVDにはハイブリッドorコンボというウリがありました。前者は2層ディスクの1層ずつにDVD層とHD DVD層を形成する技術、後者は両面ディスクによるDVD2層+HD DVD2層という技術で、HD DVDユーザーはHD DVDを、DVDユーザーはDVDを観るというやり方が出来たのです。前者は容量の問題からあまり利用されませんでしたが、後者は米国においてHD DVDソフトの基本的な売り方となっていました。ブルーレイ+DVDにメリットがあるのだからHD DVD陣営のこの運用的互換性の狙いは正しかった訳です。しかしこの方法はHD DVDの敗因の一つになりました。メリットあるはずなのに変な話ですよね? 何故、敗因となったかと言うと、HD DVDはコンボディスクの値段を高くしたからです。覚えている方がいるかもしれませんが、HD DVDのメリットには「コストが安いから低価格!」がありました。それならば「HD DVDソフトはBlu-rayソフトよりも安くて当然!」と思われたが実際は…同じだった、というのは日本での話なんです。米国の場合、コンボディスクを基調とした為にHD DVDソフトはBlu-rayソフトよりも高いという状況が起こっていたのです。さらに次世代ディスクが規格戦争をしていた頃(2006〜2007)はまだまだ世の中はDVD一色、次世代市場にとっては黎明期以前なのです。先にも述べましたが、この頃の次世代ディスクは大衆にとって「縁の無い話」で、彼らは半額以下なDVDを選択するのです。セット商法は「無視できないから迷う」という頃合になって効果が出るという事なのでしょうね。また両面ディスクという特性上、ピクチャーレーベルでもないですから所有欲は満たされないし扱い辛いという不満を産むハメになってしまったのです。そもそもイノベーターは「だったらDVDはDVDで買うよ」と言っちゃえるような人々なのですから。


  • 今後について、複合化は避けられそうにない?

ちなみにアイアンマン2同様、先日発売されたセックスアンドザシティ2の話をすると、サウンドスキャン調べのPhilewebランキングではDVD版が約1.7万枚。調査会社のスタンスによりブルーレイランキングでは売上枚数が発表されず順位のみなのですが、セット豪華版が3位&セット通常版が16位でした。オリコンの数字をここに持ち込むと誤差を生みかねないのですが目安を測るために用いてみると、前巻が約1.8万枚を初週で売ったAngelbeats!の新巻が2位、約1.5万枚売れたという水樹奈々のクリップ集が4位だったので、セット豪華版は1.5〜1.8万枚でしょうか。そして前巻の初週売上が約2400枚だった装甲騎兵ボトムズ幻影篇の新巻が15位、17位が前巻約2100枚を売っていたおおきく振りかぶっての新巻であることからセット通常版は2100〜2400枚だろうと考えられます。双方を合算するとブルーレイ版の売上がDVD版とどっこいどっこいで、スイーツ(笑)なジャンルでは凄いことなのですが、セックスアンドザシティ2の場合、特典映像の収録や特別装丁がセット豪華版にのみされていました。その為、DVDユーザーなファンがブルーレイ版を進んで買う形となっており、アテにならない結果になっています。ちなみにDVDとBlu-rayそれぞれ別でリリースされた米国では、Blu-ray版が占めた割合は初週18%とまぁ日本もこの辺り…いやもっと低いかもしれないですね。しかしながら、これから開拓したい客層*7の下にブルーレイディスクを入り込ませたのは事実で、メーカーからすれば普及促進の一手として狙い通りなのかもしれません。このトロイの木馬のような先行投資のおかげで、ブルーレイユーザーには豪華版という選択肢が与えられていたとも言える訳です。

そんなこんなで自分はセット売り肯定派、早くそんな状況が解消されるといいなとは願いつつも。しかしその解消は難しいのかなーと考えています。何故なら3Dソフトが登場し出したから。3Dテレビや対応機が今後普及していくに従って3D需要がそこそこ高まっていくのは必然で、何よりハリウッド自身が3D需要の開拓に熱心です。Blu-ray3DはMVC(マルチビューコーデック)を使用するので3D版に2D版をハイブリッド=共存させる下位互換が出来るのだけど、この場合ビットレートや容量上の問題から2D版の画質を犠牲としているんですよね。なので高画質志向なブルーレイユーザーからのウケが良くありませんし、メーカーにとっても3D版の制作コストの問題もあって2D版と3D版を別途にする場合が一般的です。さらに3Dにはサイドバイサイド方式というBlu-ray3Dとは別の方式もあって、こちらは2Dと互換が利きません。こうなるとDVD版とブルーレイ版という現在の分裂構図に3D版という要素も加わっていくことになります。さすればその処方箋として2DBDと3DBDを同梱したセット版がリリースされるのは避けられないかもしれません。しかし現在のBD+DVD版とDVD版というリリース形式に入り込むのは窮屈になっています。巨大市場を持つ米国ならともかく日本市場でラインナップを広げるのは困難で、しわ寄せが起こるのでないか。おそらく3DBD+2DBD版とBD+DVD版がベースとなるのではないでしょうか。
この場合だと単品版としてのDVDリリースは無いですよね。うん、もしかするとセル市場においてDVDリリースが消え始めるかもしれません*8。もちろんDVDは市場規模やユーザー数での現在の主流です。VHS→DVDの移行では旧規格の切り捨てが進みましたが、それはVHSの製造コストの大きさや、形状などの互換性の違いが原因となったから。DVDの場合はそれがありませんから切り捨てというのは考えにくいのですが、先日話題にもなったバックトゥザフューチャーの25周年記念BOX、欧米ではDVD-BOXもリリースされた一方で日本はBD-BOXのみでした。それもそのはずというか、米国のVideoScan10/31付けのランキングで5位に入った売上のうち85%以上がBD-BOXによるもの*9でした。市場の大きくない日本で単価の小さい非主流の旧規格が敬遠されるのは無理もないかもしれません。そして日本のBD-BOXの売上は初週3.6万枚と、過去のDVD-BOXと比べて上々の結果でした。これだとDVD版を省いた判断を失敗とは捉えないでしょう。もちろんBTTFは旧作のマスターピースで、「今更DVD感」が強いので起きた傾向はあるけれど、つまりは「そういう傾向のものから」とも言える訳です。

00年代以降、インターネットによって無形(デジタル配信)の商品展開が登場しました。パッケージビジネスは今、その価値を問われています。先日のBlockbusterが倒産する一方でNetflixは躍進なんて報道もあって、「円盤は終わった」「ネットが主流だ」と叫ばれたりもしています。そういう風潮に関しては「この情弱めが」と言いたくなるのだけど脱線するので割愛*10。でもまぁデジタル市場は確実に確立し、パッケージ市場を喰う存在になっていくでしょう。今現在、既存の市場とやらが音楽市場の様に深刻な落ち込みに悩まされている訳ではありませんし、デジタル市場(CATVのVODやストリーミングも含む)の規模はまだまだ小さいです。例えばiTSは映画だけでなくテレビ番組も含めてBlu-rayよりも圧倒的豊富な動画コンテンツ数を持ち、iTunesに繋がる多くの製品によって利用可能ユーザーも圧倒的ですが、それらの売上はBlu-rayの半分にも満たないのです*11。しかしパッケージビジネスが「有形」というデジタルが侵せない価値を高めていくのは予想される流れであって、今後はフィジカルなCDや書籍、作品に由来するグッズといった「ありがち」どころか、「何だよそれ」みたいな付属物が付いてくるような時代になるのかもしれません。

*1:ハイビジョンテレビやデジタル放送が既に広まった事も影響ありそう

*2:車載プレーヤーやポータブルデバイスでの再生

*3:どこぞのアニメ屋は短期間の時間差商法やっちゃってるけどェ…

*4:需要予測ミスを軽減&BDがより普及した際にDVD版を腐らせずに済む

*5:「こちらはブルーレイになりますが〜」なんて応対もせずに済むんだろう

*6:結局は後になって単品版8190円という次世代の基準価格での販売に切り替わっている

*7:黒物家電に疎い女性=ラガード層

*8:レンタルや配信がSD画質コンテンツの受け皿となるか?

*9:UKにおいては例の豪華版によってより多くの数字をもたらしそう

*10:釣って扇動してこそイノベーションが起こせるのだとは思います

*11:2010年1Q〜3Qの米国市場