エロとブルーレイ

先月、Gizmodoが「アダルトビデオが決するメディアの将来性」なんて記事を掲載しました。これに対して自分はブコメで「ひでー記事だ」とディスりました。それは米ポルノ業界がHD DVD派だったことを無視して記事にしていたから。さらにGizmodoの記事では「ポルノ業界のおかげでブルーレイはHD DVDに勝った〜」みたいな書き方をしていて「そりゃねーよ」「アホか」って感じたんですよね。だってその書き方ならHD DVDが勝っていなきゃならなかったはずなんですから。しかし現実はBlu-rayが勝ったのだから矛盾すなぁ。そもそもBlu-rayへの収束はポルノ業界が動くとっくの前から多くの業界に見えとった事やないか…。Gizmodo品質と言えばそれまでなのだけども、都市伝説化されるのは好ましくない。自分は割と初期からBlu-rayネタの追っかけをやってて、ブログに投稿してたりする人間なんで、丁度いい機会として「じゃあ実際はどういう経緯だったんだ?」というのをダラ〜っと記してみよう。

  • HD DVDを支持していた米ポルノ業界

デジタルプレイグラウンド社やヴィヴィッド社などの米ポルノ業界が、どのように次世代ディスク競争の中を歩んでいったのか。始まりは2006年の1月、CES*1と同時期に開催される、裏CESとも呼ばれるアダルトエンターテイメントエキスポ(以下AEE)でのポルノ大手デジタルプレイグラウンド社のBlu-ray支持表明からでした。ちなみに、HD DVDソフト・プレーヤーが市場に出たのは2006年の4月、一方のBlu-rayソフト・プレーヤーは2006年の6月。つまり当時はまだ次世代ディスク戦争の開戦前夜ということになりますよね。彼らがBlu-ray支持した当時の理由は「未来があるから」みたいな漠然としたもの。まぁ単純に言えば「Blu-rayの方が勝ちそうだから」でしょう。開戦前夜だろうが、既に陣営やら勢力図というものが形成されており、中でも最重要なハリウッドからの支持で見てみると、ソニー*2&ディズニー&20世紀FOXBlu-rayのみを支持した一方で、HD DVDのみを支持していたのはユニバーサルのみ。プレーヤーとなるハードウェアからの支持で見ても、Blu-rayにはPS3があり、ソニーサムスンパナソニック船井電機、フィリップスなど、市場での有力メーカーが揃っている一方で、HD DVD東芝が孤立している形。結局のところ、ポルノ業界がBlu-rayを支持したと言っても、形としては「既にあった流れ」に後乗りしただけにしか過ぎないということ。
ところが、転機が訪れるのです。翌年の2007年1月のAEEにおいて、デジタルプレイグラウンド社は当初のBlu-ray支持*3から転じてHD DVD規格で自社ソフトをリリースする事を表明しました。他の多くのポルノメーカーもこれに追従する形に。Blu-rayでのリリース予定を公言したのはヴィヴィッドエンターテイメント社くらいだったと記憶しています。この転換劇はウォールストリートジャーナルを始めとしたニュースサイトで取り上げられ、果てには「ブルーレイ(ソニー)はポルノ禁止!」というような話題まで出てくる展開に。この辺りは日本でもひと騒動っぽくなっていたので、記憶している方も少なからず居るのではと思われる。これはブコメで書いたけどデマみたいなもので、大変な誤解があります。
ともかくBlu-ray支持だった米ポルノ業界がHD DVD支持に回る形になった。それは何故なのか? 当時のインタビューで彼らは「HD DVDBlu-rayよりもコスト面で楽だった」「HD DVDは対応機器が安価で普及が見込める」「Blu-rayの地盤であるPS3はあくまでゲーム機で、そのユーザーは我々の顧客とは合致しない」「だがしかしXbox360の外付けHD DVDプレーヤーは認める」等と、まるで東芝ワンダー語録をコピペしたかのようなコメントでHD DVD支持を表明していました。そして多くのメディアがこのポルノ業界の転向について、「エロの決定力」が次世代ディスク競争に影響を与えるだろう風な記事を書きました。つまり、HD DVDは次世代ディスク競争の真っ只中において、アダルトビデオの支持を獲得したのです。にも関わらず、HD DVDは競争に敗北しているのです。これのどこが「アダルトビデオが決するメディアの将来性」なのか。全くおかしな話ですよね?*4 HD DVD側についていたものの、その後しばらくして米ポルノ業界はBlu-rayでもリリースする展開になるが、それは2007年末の話で、もう大勢が決していた頃合。当初の支持と同様、後乗りでしかない。なのに「わしが育てた」みたいな解釈に持っていくGizmodoが理解出来ない。その2007年末以前に動きというものは既にいくつかあって、HD DVDでリリースを行っていたウェインスタインやマグノリアといった中堅の映画会社がHD DVDから離れていたりする。ターゲットやブロックバスターなどの小売においてもBlu-ray専売の動きが起きている。決定的というなら、それはワーナーブラザーズの方がよっぽど正しい。

  • 「ブルーレイはポルノを禁止している?」

そんなことはない。全くのガセだ。2007年1月のAEEで米ポルノ業界がHD DVD支持を打ち出したのに合わせて、この話題は出たのだけども、実はそれ以前の2006年12月に、日本のGLAY'zやTMA*5といったメーカーはアダルトBlu-rayソフトを既にリリースしていたのだから。それはBD-Rな裏ビデオみたいなものではなく、BDA*6からライセンスを受けている正規コンテンツとして。Blu-ray陣営はポルノコンテンツをちゃんと受け入れていた訳ですヨ。なのに「ブルーレイはポルノ禁止」という言葉が独り歩きし始める。まぁ海や言語を隔てているので仕方ない面はあるのかもしれない。そんなこんなで海外では既成事実化しちゃったもんだから、その後に面白いエピソードも起きた。2007年7月末、幕張メッセにて日本初のアダルト産業の見本市であるアダルトトレジャーエキスポが開催された。この時、ポルノメーカーであるGLAY'zやTMAは自社ブースにおいて、自社Blu-rayソフトの展示を大きく打ち出していたのだ。このイベントのレポートをメーカーの中の人がブログにしているのだけど、そこでは「このブースでは海外記者からの取材が殺到していた」と報告している。そりゃそうだよなぁ。彼らにしてみれば「えっ? 何でBlu-rayのポルノがこの世に存在してるの?」だったんだろうから。そして海外ニュースサイトでここでの取材記事がアップされるとAV系*7のフォーラム等には当然ながら衝撃を与えた。もしかすると米ポルノ業界はこの記事を見てBlu-rayリリースが出来ることを知ったのかもしれない。
話は戻って、一体どうして「ブルーレイはポルノ禁止」なんて誤解が生まれるに至ったのか? 火元の発言によると、「ソニーが抱えるプレス工場に依頼したがポルノは拒否された」とのこと。これは確かに真実だろう。しかしそもそもハリウッドや大手コンテンツメーカーならば、自社コンテンツを製造させているプレス工場にポルノコンテンツを製造(受注)させる事を禁止させるのが通例。プレス工場に限らず、オーサリングスタジオも同様かなぁと思う。この理由として推測されるのは、「ある親が子供の為にとアニメを買ってきた。子供はそれを見る。するとTVに映し出されたのはパツキンネーチャンとマッチョメンらが繰り広げる乱交だった…。」なんて事故を防ぐ為だと思われる。実際、セミプロが委託するような中小のDVD/CDプレスメーカーですら、成人向け作品を受け付けていない所は今も決して少なくない*8。業界的なルールであり、Blu-rayHD DVDもDVDさえも同じだ。既にBlu-rayでアダルト作品がリリースされていた手前、無駄な例えだけど、それでも「やっぱりBlu-rayはポルノ禁止なんじゃん!」と言うのであれば、「DVDやCDもポルノ禁止!」という理屈になるんだよね。
ポルノメーカーにとって不幸だったのは、次世代ディスク製造が立ち上がったばかりの2006年という「元年」においては、「次世代ディスク製造を先駆けて対応済みにした優良プレス工場→だいたいハリウッドらの息がかかっていたプレス工場→じゃあポルノ屋はどこに持って行けばいいの?」という状況だった事でしょうか。とは言え、この件に関しては米ポルノ業界の努力の至らなさという他ないんですよねぇ。日本では既にアダルトBlu-rayがリリースされていたのだし、唯一Blu-rayリリースを公言していたヴィヴィッド社はインタビューで「ポルノコンテンツを受け入れ可能なBlu-rayのプレス工場を我々は見つけている」と発言している訳だから*9。しかしながら、そんな至らなさは米ポルノ業界がHD DVD支持へとシフトする一つの要因になっていた。

  • 舞台裏?

ここからは勘ぐり半分。次世代ディスクでの制作ではポルノ業界が入る余地が厳しかったと説明したように、Blu-rayが困難ならHD DVDでも困難なのは同じこと。なのに米ポルノ業界がHD DVD支持したのは何で?という話になる。彼らはいくつかの理由を述べているが、それらは些細なレベル。ボトルネックは製造工程の受け入れ先だったはずだ。単純に「ポルノを受け入れ可能なプレスメーカーがちょうどいいタイミングで現れただけ」だった可能性は十分にある。しかし自分は『HD DVD陣営側がポルノ業界へのアプローチを図った』という可能性を挙げてみたい。この裏付けとしては、米ポルノ業界のHD DVDへの転換劇に関する多くの記事の中にあった、米ポルノ企業であるウィックド社へのインタビュー記事。その記事にてウィックド社の重役は、「次世代ディスクの制作は難航を極めていた」ことの理由として、「Blu-ray陣営もHD DVD陣営も我々ポルノ業界に協力的でなかったから」と述べているのですヨ。これは前述の「通例」によるもので、HD DVDのプレス工場でもBlu-ray同様のダメ出しを喰らって路頭に迷ってた時期が相当あったのだろうと推察される。しかしインタビューは続き、「”突然”、HD DVD側との協力を得る事が出来た」ことで「HD DVDでリリースすることが出来る様になった」と述べている。この一連は不思議で興味深いニュアンスだ。だからこそ自分はHD DVD陣営側のアプローチがあったのではと考えている。プレス工場での排他的スタンスさえ撤回していたかもしれない。
HD DVD陣営がそれをする理由は、地盤強化という一点に尽きる。次世代ディスク競争の経緯についてはWikiなどを参考にしてね、なんだけども、流れとしてはこうだ。2005年までに多くの製造業やIT関連の企業、そしてハリウッドの各々がどちらの規格を支持するかを決めた事で、次世代ディスク戦争の勢力図が出来上がった。ポルノ業界は、その後の2006年1月にBlu-ray支持を表明する。2006年4月にはHD DVDBlu-rayに先駆けて市場でのスタートを切りました。支持基盤の弱いHD DVDにとって、先行スタートの戦略は有効な手段だったと自分は評価する。Blu-rayはその2ヶ月後に市場でのスタートを切るものの、当初はHD DVDがソフト・ハードともに市場の主導権を握っていました。しかし流れは2006年11月のPS3発売によって大きく変わります。Blu-rayが売上げやリリース数などでHD DVDを猛追、逆転するのも時間の問題という状況にHD DVDを追い込んでいくのだ。一方でHD DVDは安売り攻勢で何とか凌ぎはするものの、Blu-rayに傾いている流れを押し返すまでには至らなかった。HD DVDは支持基盤の弱さに由来するコンテンツの弾不足がアキレス腱で、有効な手を打つことが困難。だからと言ってギブアップは出来ない。おそらくこの頃に米ポルノ業界の「宙ぶらりん」な実状に目を付けたのではないか?と考える。米ポルノ業界の支持を取り付けることでコンテンツの弾不足を多少なりとも補填することが出来るのは勿論だが、米ポルノ業界はHD DVD支持の表明をCESと同時期に開催されるAEEの場で行う。仮にCESでBlu-ray有利なムードが色濃くなったとしても、AEEでのそれが相殺してくれることを狙えたのだろう*10

  • エロブルーレイの今と今後

次世代ディスク競争がとっくに終結した現在、日本でも海外でもBlu-rayリリースが行われている。日本でみると、GLAY'zとTMAの両メーカーがシーンを引っ張っていた時期が長く続いたが、その後マキシングが参入し、大手メーカーであるKMP*11も参入。現在ではソフトオンデマンドやS1といった有名メーカーもBlu-rayを扱うようになった。しかし中小やインディーズメーカーではBlu-rayを扱っていない所も多い。逆輸入*12ものだとBlu-ray採用率が意外に高い。リリースされる作品数に関して言及すると、全てのタイトルでBD/DVD同時発売という状況にはなっておらず、メーカーイチ押しの単体女優の作品やオムニバスな作品での限定的なリリースが主となっている。僕の大好物な企画物でのリリースが非常に少ないのは残念な話だ。また、セル向けのみだった当初とは変わり、今ではレンタル向けにも展開されるようになってきた。黎明期は過ぎようとしているのかな?といった現状だと思う。近い将来、エロビデオ屋が真っ青に染まるなんて事は無いを思われるが、市民権を得る程度の規模には成長していくだろう。

  • 余談その1 BD-PG

これまで実写作品を語ってきたが、エロアニメもBlu-ray版が出てきている。一般のBlu-ray市場においてアニメジャンルが強いことは以前のエントリーで触れた通りで、こちらも親和性は実写向けより高そうだ。しかし制作数の少なさや、制作そのものの品質=画質がボトルネックになるかもしれない。おそらく二次元というジャンルにおいてはアニメよりもエロゲ、つまりはJAVAを用いたBD-PGが飛躍する可能性だ。このBD-PGは大きな可能性を秘めていて、エロゲ業界を救う技術という声すらある。BD-PGは動作環境をPC(Windows)ではなくBlu-ray対応機にする。現在はPS3のみが指定環境にされているものの、性能の良い3D対応なBlu-rayレコーダーやプレーヤーならば、いずれ対応していくことが十分に可能だろう。動作環境の広域化は需要の掘り起こしに繋がる。非PC環境に向けたエロゲとしては既にDVD-PGが存在している。しかしながら、こちらはゲームというより映像作品といった体裁で、ユーザーの欲求を満たすようなものになってはいない。いくらエロゲが「紙芝居」と揶揄されようとも、DVD-PGはそれにすら満たない仕組み。一方、BD-PGはJAVAを用いた高度なプログラミングが可能でPC版とほぼ同様の移植を行え、セーブ機能も備えることが出来る。DVD-PGではDVDの規格上、画質音質がPC版と比べて劣化してしまう事が嫌われていたが、BD-PGではその制限が無い。BD-Live機能を用いれば、バグ修正用パッチやを追加コンテンツをダウンロードしたり、ネット認証することさえも出来る。プレイするにあたってインストールの手間を必要としない為、マウスで操作できないという点を除けばPCユーザーにとってもかなりの利便性となるはずだ。メーカーにとってはBlu-rayリッピングする敷居の高さが、現在の彼らの悩みの種となっている違法共有の対策として期待できる。ビジネスをする市場としては現状厳しいだろうし、JAVAで制作するという作業やBlu-ray機器自体の問題等の課題はあるが、Blu-rayの普及が進むにつれてそれらのハードルは低くなっていくだろう。

  • 余談その2 アイドルものの不思議

ハリウッドやアニメ、そしてエロもBlu-rayな時代になっている中、DVDで止まったままのジャンルがある。それがアイドルイメージ。僅かながらも参入例はある*13が、これでもかと言わんばかりの不毛地帯だ。アイドルイメージは人気タイトルであれば1万枚を超える売上があるのだし、下手なテレビアニメ作品やアダルトビデオらの市場に比べれば全然大きく、Blu-rayでも十分な利益を上げることが出来る。そりゃあジャニーズや韓流スターのイメージビデオであれば、女性というターゲット層からしBlu-ray参入が難しいのは理解できるが、いわゆるグラビアアイドル様なイメージビデオの顧客は男性層だろう。ファンの財布の紐は決して固くないというのに一体どういうことなのか。根底は同じエロだというのにアダルトメーカーとはその積極性が大きく違う。七不思議の一つと言ってもいいのかもしれない。


【追記】
id:heatwave_p2pさんの指摘を受け、ギズモードのスペルを訂正しました。その他、一部表記の修正もしました。しかし「へぇ、キーワード反映されないんだ」なんて思ってたらwww ともかく、ありがとうございました!

*1:CES:コンシューマ・エレクトロニクス・ショーと言う、世界最大級の家電見本市

*2:コロムビアも含む

*3:支持とは言ってもリリースはしていなかったりする

*4:死神としての決定力なら別として

*5:けいおん!ハルヒのエロパロディ、ゴローwでお馴染みのメーカー

*6:ブルーレイディスクアソシエーション、要するにブルーレイ協会

*7:オーディオ&ビジュアルだよ!

*8:逆に可能なところはそれを売り文句にするくらいだ

*9:おそらく双方の委託先は台湾のプレス工場だろうと推察する

*10:実際に07CESでBlu-ray陣営は売上が逆転していた事をアナウンスしていた

*11:宇宙企画・トップマーシャルなど

*12:いわゆる流出って類のもの

*13:Beach Angelシリーズなど。バップやポニーキャニオンらの超大手が販売