ロマン故に

小島貞博という騎手はダービージョッキーという輝かしい経歴を持つ。しかもダービーは二度も勝っている。もう一つ言えば、年度代表馬と最優秀障害馬の背に跨ったという、大変に稀有で名誉な騎手人生を送られた方である。そして騎手引退後は当然の様に調教師に転身されていた。それは小島貞博の師匠である戸山為夫調教師の遺志を引き継ぐ性格も帯びていた。

その小島貞博先生が亡くなられたという。まさかの訃報だった。騎手生活が長いとは言え、調教師になってまだ10年だ。享年60歳。早世である。しかも報道によれば、死因は何と首を吊っての自殺だというのだからやるせない。競馬は欲と現金が行き交い物言う勝負の世界。その厳しさに身を置くことは大変な仕事。敗れ去って勇退*1される先生方も決して少なくない。そして報道によれば、厩舎経営で悩んでおられたという。
確かに小島貞博調教師=小島貞厩舎は、騎手経歴からすれば少々寂しい成績であっただろうと思う。未だGⅠタイトルは獲れていないし、クラシック戦線で活躍した馬も出ていない。(障害では、大障害を制し最優秀障害馬にも選出されたテイエムドラゴンを育てたが)ともかくリーディング上位なんてことも無い地味な厩舎であった。この辺りは社台と縁遠かったのも原因してるだろう。とは言え、テイエム〜メイショウ〜シゲル〜ヤマカツ〜ヒシ〜等等、非社台な有力オーナーからのバックアップは受けており、毎年15勝程度の勝ち星を挙げておられた。この勝ち星やバックアップであれば経営に悩むことはそうそうないはずなのだが…。また、テイエムやメイショウやヒシは名馬を輩出した名門の冠。コンスタントでは無いにせよ、今後もGⅠで勝ち負けする馬を送り出せるはずであり*2、行く行くは名馬と巡り会い、調教師としても輝かしい経歴を得られたかもしれない訳で。勿論、現在の小島貞厩舎の主戦騎手であり、娘婿でもある田嶋翔騎手の為にも頑張らなければならなかった訳で。
享年60歳。小島貞師にとっては父とも言える師匠であり偉大な名伯楽でもあった戸山師は61歳で亡くなっている。それはガンと闘病して心半ばに亡くなったものであった。そして兄弟子であった鶴留師は今年が定年。お二方は素晴らしい功績を馬だけでなく、師弟や一門を通じた人材としても残されている。今の競馬界に師弟という要素はアナクロかもしれないが、美しくロマンだと自分は思う。それを一介のファンが感じるのだから、当事者であれば尚更だろう。その想いや絆が重みや歪みとなって先生を追い込んだのかもしれない。


今後の話を考えずにいられない。馬達やスタッフもそうだが何より田嶋翔騎手が心配だ*3。厩舎が解散する際は、通常は縁のある懇意だった先生方が人馬を引き受ける。今回の場合、兄弟子の鶴留師や、長男が調教助手として所属しており仲も良いとされる佐山師が受け入れるのがセオリーだろう。しかし先述の様に、鶴留師は今年が定年であり、佐山師も定年間近。弟弟子の小谷内さんは現在調教助手なので引き受けは無理。同門であった森禿*4は人気厩舎過ぎてこちらも現実的でない。馬は何とか配分出来るかもしれないが*5、縁戚として小島貞厩舎主戦である田嶋騎手は今後厳しい環境を強いられる。実績十分であればフリーでも何とかなるのだけど、このままだと調教助手に落ちるのが目に見えているのだ。しかし小島貞先生は、戸山師がそうだった様に師弟としての起用に拘り続けておられた。それを簡単に絶ちたくないのがロマン派な競馬ファンの心情さ。
もしかしたらもしかしたらで角田調教師が手を差し伸べるかもしれない。鶴留〜佐山ラインに近い縁があるのは確かだし、オーナーサイドのメイショウ・ヒシ・ヤマカツのラインにも縁がある。騎手時代の話をすれば、フリーになって騎乗数減らしてた角田に小島貞先生は馬を回してくれていたこともある。どうか角田先生、婿殿にお慈悲を。

*1:廃業

*2:シゲルだって今後どうなるやら

*3:なんせ去年は未勝利という…

*4:森秀行調教師

*5:高橋亮の調教師デビューを前倒しする等で円滑に繕うことは出来る